ひな祭りに焼け野原

午後3時半、高層ビル群に見おろされながら、遅めの昼食。
店を出てから、一服したくなる。食欲を満たしたあとの煙草は格別だってことはご存知の通り。煙草を1本取り出して咥える。そして火を・・・おや?あちこちのポケットを探るが、ライターがない。どうやら持ってきていなかったらしい。不覚。
仕方がないので諦めようかと思ったが、ちょうど通りかかったスーツ姿を見かけ、
「火、持っていませんか?」と、指に挟んだ煙草を見せながら訊いてみた。
すると、「持ってないです」という、あっさりつれないお返事。
しかしここではスーツ姿に事欠かない。さらに火を借りようとしてはみたものの、「タバコは吸わないので」などと結局誰も火を恵んではくれなかった。
持っていた人もいたかもしれないが、単に面倒だったのかもしれない。


えい、仕方ない。諦めてもう帰る。家には100円ライターの塔があるのだ。
その途中、高層ビルの影になっている一角で、特定の住所を持たない人が、小さな焚き火にあたっていた。思わぬところで火を発見。
「すいません・・・その火、貰ってもいいですか?」そう訊いてみると、
「おう。熱いから気ぃつけな」という快諾のお言葉を頂いた。


すぅー・・・ぷはぁー。うん。


家や仕事を持っている人からは火を恵んで貰えず、家や仕事を持っていない人から火を恵んで貰った。
その火がもっと燃え広がり、日本全土が焼け野原になれば、ある意味、今よりもまともな国になるかもしれない、なんて考えてみたところで、彼にはもう燃やすものは何もなく、その火がそれ以上、広がることはなさそうだった。


「1本いります?」
礼のつもりで、煙草を差し出す。
「タバコは吸わないので」
アンタもかい。