バッタ・ブラザー

台風が上陸した深夜、雨の降り具合でも確認しようかと、窓を開けて外を見ると、そばに置かれた植木に、1匹のバッタを見つけました。
吹き荒れる暴風の中、激しく揺らされる葉の上で、そのバッタは身じろぎもせず、じっと鎮座しています。雨粒がその体にぶつかってもなお、飛び去る気配もありません。夜になってから、気温も結構下がっていたので、ただ単に弱っていただけなのかもしれません。しかし僕には、そのバッタが、世界の行く末を見守る監視者のように思われました。
僕はそのバッタを「監視者」と名付けました。
「監視者」に魅せられた僕は、「監視者」を監視し続けました。
しかし、まったく動く気配がないので、10分ほど見続けたあと、僕は監視をやめました。


そして明け方。風雨もピークを過ぎて落ち着き、そろそろ寝ようかという頃、再び窓を開けて「監視者」の様子を確認しました。先ほどの監視から、すでに3時間ほどが経過しています。まだいるものかと思いましたが、はたして「監視者」は、その役目を放棄することなく、まだその葉の上で、世界の行く末を見守っていました。
部屋からの明かりだけでは見えにくくて気づかなかったのですが、すでに日も昇り、明るくなったところでよく観察すると、「監視者」の右後脚はありませんでした。
僕はまた、「監視者」を監視し続けました。


何がきっかけだったのか分かりません。「監視者」は、その瞬間、片足で力強くピョンと飛び上がりました。左脚のバネだけしかないので、大きく右の方へと曲がる不恰好な跳躍でした。
「監視者」は役目を果たしたのか、その姿を消しました。


台風の夜の、だからなんだ、って話。